虎々なるままに日暮し

2009年 12月 09日 ( 6 )

赤星引退へのコメント~芸能界~

≪赤星引退に飯星景子「涙止まらない」≫
赤星が突然引退を発表した9日、芸能界の虎党にも衝撃が走った。親交が厚いタレント、飯星景子は、虎のスピードスターへ、熱い惜別の辞を寄せた。
「赤星選手引退の突然の報を受けて、正直言葉が見当たりません。テレビで引退会見を見ていて、淡々と話す彼を見ながらただただ絶句するばかりです。
今年9月、ダイビングした後、動けずにおんぶされて甲子園のグラウンドを去る彼の姿を見ながら、野球の神様に「もう一度赤星選手をグラウンドに返してください」と心の中で祈ったことを思い出します。なのに、まさかこんな結末を迎えることになるなんて。
中心性脊髄損傷。慌ててネットで調べてみたけど、文章が頭に入ってきません。とにかく、とんでもない症状だということ以外。
思えば2000年オフ、ドラフト4位で入団した時の会見で「新庄さんの穴は僕が埋めます」と言ってのけたあなた。ルーキーイヤーから39盗塁を決め盗塁王と新人王に。1276安打、381盗塁、通算打率・295、ゴールデングラブ賞6度、ベストナイン2度という成績は、穴を埋めるどころか、埋めてなお、余りある大活躍でした。
私たちタイガースファンが新庄さんを温かく見守れたのも、その穴を充分に埋めてくれた赤星選手がいたから。あなたの存在は私達ファンと、そしてタイガースファンのやっかみから新庄さんをも救ったんです。
『ファンの皆さんにプレーを見せられないのが寂しい』そう語る彼の表情を見ていて、堪えていた私の涙が一気に溢れてきました。涙はもう止まりません。私達だって、あなたのプレーが見られなくなるなんて、信じられないくらい寂しい、もっともっと見ていられると思っていたのに。そんな楽観的だった自分が今はただ腹立たしい気持ちで一杯です。
『今のタイガースは実は赤星選手のチーム』あなたが塁に出て、そしてすかさず盗塁を決める。あなたがベースに立つたびに「帰って来い、帰って来い赤星」と呪文のように、いつも心でそう呟いていました。後は金本さんか今岡さんに任せておけば、あっという間にホームベースを駆け抜けて帰って来てくれる。あのしびれるような爽快感を今まで誰が与えてくれたでしょうか。二度の優勝も、間違いなくあなたのおかげです。
『ファンの皆さんには感謝しきれない』赤星選手は最後にこう言いました。とんでもない、感謝をするのは私達のほうです。負けん気の塊のような姿勢と素晴らしいプレーと優勝を、ありがとうございました。
『球界一のリードオフマン、背番号53、赤星憲広』のことは、プロ野球ファンみんなが、この先もずっと語り継ぐことでしょう。
9年間、お疲れ様でした。そして心からの感謝をもう一度、あなたに捧げます。本当にありがとうございました」



ますだおかだ・増田英彦「新庄がメジャーに行って、阪神のセンターどないなんねんと思ってたら、赤星という選手が出てきた。新庄が行ってなかったら出てきてなかったと思う。そういう意味では、新庄がメジャーに行ってよかった。盗塁テクニックと色んなピッチャーのセットポジションや癖を知ってるはずなので、すぐにでも走塁コーチになってほしいくらい。外野に関してはおそらく、柴田選手か浅井選手が穴を埋めてくれるはずなので、阪神にはもう外国人選手に頼らないでほしい」
レイザーラモンHG「赤星選手が(2005年の)優勝祝賀パーティーでハードゲイの衣装を着て下さった時の興奮は今でも覚えています。ノースリーブから見えたあの引き締まった肩口…忘れません。赤星選手の未来フォー!!」
ランディーズ・中川貴志「赤星選手、現役生活お疲れ様でした。赤星選手の活躍で勇気づけられた人はたくさんいるとおもいます。いちファンとして、感謝してます、本当にありがとうございました」
テンダラー・浜本広晃「番組で共演して以来、会う度に声をかけて下さって、気さくで明るい赤星選手が引退するのは少し残念です。京橋花月ならいつでも出られるので、また声をかけてください!」
テンダラー・白川悟実「現役生活お疲れ様でした。食事をさせて頂く度に、パワーを頂きありがとうございます。現役の時はなかなかお誘いできなかったので、ちょっとゆっくりしたらガンガン誘います! また食事に行きましょう!」
横山たかし「まだ30歳ちょっとやと思うんやけど、なんでや!赤星選手がいなかったら来年の優勝がかなり厳しくなるんやないやろか!?1番バッターとして、走れる、打てる、守れる野手は他におらん。ものすごいショック。岡田さんが82勝してるのに監督を辞めた時もショックやったけど、今回はそれ以上。引退とは…。クリーンアップの誰が抜けるのもアカンけど、赤星さんが抜けるのが一番厳しい。ホンマ、こんなショックなことはない。来年の優勝は無くなるんと違うやろか」
落語家・桂春蝶「正直ショックで信じたくありません。引退されてもファンであることは変わらないですし、また指導者としてタテジマを着続けてほしいと思います。これで気がかりなのはタイガースの機動力。城島、ブラゼル、桜井あたりが打線に入るのは魅力ですが、今の巨人のように足で魅せる野球をぜひ目指してほしい。赤星選手の代わりは難しいと思いますが、若手からこれを機に出てきてほしいと思います」
陣内智則「9年間本当にお疲れさまでした!(お笑いを理解し、義に厚い赤星を)一人の人間として、男性として尊敬しています。辛い決断だったと思いますが、前向きにお互い頑張っていきましょう!」
玉山鉄二「9年間、夢、希望、本当にありがとうございました。赤星選手の喜怒哀楽のあるプレーには何度も胸が熱くなりました。盗塁を1つする度に車いす1つ寄付して、慈善活動を大切にしている選手で、野球以来の生き様でもとても影響を受けました。赤星イズムを感じた若い選手、未来ある子どもたち、たくさんいることでしょう。本当にありがとうございました」
佐藤隆太「大好きな選手なのでとても残念ですが、第2の野球人生で、また僕達を楽しませて下さい」

⇒赤星引退における衝撃は、私の周りでも…今日も「熱血!タイガース党」での会見の模様を見て、涙が…暗黒期での大きな希望の光でもあった赤星選手は、本当に、偉大な選手でした。



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by kuru2chanbei | 2009-12-09 21:10 | 虎球団

赤星引退へのコメント~他球団~

≪金子 赤星引退に「泣きたくなった」≫
日本ハムの金子誠内野手。今季終盤から痛めている両アキレス腱の状態は現在も思わしくない。故障で引退した同世代の赤星の姿を見て「泣きたくなった」と、自らを重ね合わせた。

≪俊足・坂口“オリの赤星”になる≫
オリックス・坂口智隆外野手が10日、引退を表明した赤星の「ケガを恐れない全力プレー」の“魂継承”を誓った。9日の会見を見た坂口は、引退の引き金となったダイビングキャッチに「悔いがないと言った赤星さんに感動しました」と話した。「僕もケガを恐れながらのプレーというのは嫌ですから」。同時に、今季16個に終わった盗塁の技術について、赤星を含めたスペシャリストに「色々聞いてみたい」と意気込んだ。
また、大幅昇給した今季、その昇給分の一部を使って「ファンの方に何かプレゼントをしたい」と企画を練り、ファンを大事にした赤星と同じだ。

≪原監督 “天敵”赤星へ惜別と最大の賛辞≫
虎の韋駄天の電撃引退を敵将も惜しんだ。原辰徳監督は、前日に引退を表明した赤星との激闘を振り返り惜別の言葉を贈った。
「命懸けでやっていたというのは、耳にしていた。かなりの決断だったのかもしれない」。命の危険に晒されながら、全力プレーを貫いた。中心性脊髄損傷で引退表明した赤星の心中を思いやるかのように、原監督は言葉を紡いだ。
指揮官の脳裏に蘇るのは、屈辱の記憶だ。「2番・赤星、3番・金本の03年。印象としては非常に残っている」。3番・金本が赤星の盗塁をアシストするなど、巨人戦で14盗塁を決められた。対戦成績は10勝17敗1分け。前年の日本一から3位へと転落し、監督辞任へと追い込まれた。「本人の中では燃え尽きたんでしょう。素晴らしい選手でした」とグラウンドを去る“天敵”へ最大の賛辞を贈った。

≪高橋由 赤星の電撃引退にしんみり≫
1歳年下で、06、07年の2年間は選手会長同士で交流する機会も多かっただけに「苦しんでいたからね。自分達もそういう年齢になった」。引退の起因となったダイビングキャッチについても「本能的に飛び込んでしまう」と共感した。

≪ロッテD1荻野貴、赤星引退に驚き≫
俊足巧打が売りの外野手、ロッテD1位・荻野貴(トヨタ自動車)は9日、「開幕スタメン、盗塁王が目標です。阪神の赤星さんが引退すると聞いて、ビックリしています」と、5年連続セ・リーグ盗塁王を獲得した赤星(阪神)の引退に驚きの表情を浮かべた。

⇒他球団からも、しかもルーキーからも引退へのコメントが生まれた、赤星。本当に偉大な選手だったんですね…



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by kuru2chanbei | 2009-12-09 21:07 | 虎球団

赤星引退へのコメント~阪神~

真弓監督「引退に関しては本人と直接は話していないが、球団から報告は受けていた。チームとすれば赤星が抜けるのは戦力的にかなり痛い。でもケガの状態と赤星本人のことを考えると、野球を続けるのは難しく、仕方がない選択。赤星はチームにとっての最高の功労者。1番であれだけの出塁率があって、盗塁が出来て、守備がうまい選手はいない。本当に長い間、ご苦労様でした。無理して野球を続けていた分、これからは体を労わってほしい。チームとすれば、かなり痛い。(今後の1、2番は)考えるというより、実際にやってみないと分からない。今年、やってくれた人が入ることもあるし、外国人も含めてこれから。打線というより、センターの守備の方が心配」
金本選手「ビックリしています。悪い悪いとは聞いていたけど、そんなに悪いとは思いませんでした。ただ直接話を聞いて、今後の野球人生よりも、人生そのものの方が大事だとは思うので、赤星の選択は間違いでないと思います。一緒に戦えないのは残念だけど、今後の人生、体に気をつけて頑張ってほしい。チームとしてもリーダーシップを取れる選手が減ってしまったと感じる。野球人生は終わりだと思うけど、まだまだ野球に関わっていくと思うので、後輩たちに多くのことをしっかりと引き継いでいって、野球界に大いに貢献していって欲しい」
矢野選手「とにかく信じられない。ビックリした。これまで赤星が活躍、機能することでタイガースは勝ってきたし、来年からもそうなると思っていた。プレー同様、選手会長としても、年上の選手も多い中で、本当に気をつかって、僕らのやりやすいようにしてくれた。そんな赤星の穴は簡単に埋められるものではない。個人の意見としては何とかリハビリして、簡単なことではないと分かっているけど戻ってきてほしかったというファンの心理と同じ心境。赤星のお陰で優勝も経験させてもらえた。本当に急すぎて残念。これからの人生もあると思うし、とにかく体を大事にして、頑張ってほしい。僕も赤星に応援してもらえるように頑張ります」
下柳選手「残念ということしかない。ただ赤星が決めたことなので。今後の人生はまだまだ長いのでしっかり治して、第2の人生を思いっきり楽しんで欲しい。でもやっぱり熱い男と野球が出来なくなるのは残念で仕方ない」
新井選手「寂しいですね。本人から電話で聞きましたが、最初は冗談だと思って、信じていませんでした。まったく予想していなかったです。赤星は選手会長でもありましたし、それ以上に真のチームリーダーとして、すごく周りに気配りができて、僕が移籍してきたときも、同級生だし、本当に助けられた。赤星がいなかったら、タイガースの中での今の僕は無いと思います。とにかく赤星本人が決めたことだし、同じ年齢としてこの決断は相当なものだと思う。本当に心からお疲れ様と言いたい。同級生ですし、引退はしても、これまで同様仲良く、時にはいろいろな相談をして、助けてもらいたいと思います」
鳥谷選手「とにかくまったく想定していなかったので、びっくりしました。入団時から公私ともに色々相談させてもらって、僕も赤星さんのお陰でここまでやってこられましたし、とにかく、あまりにも急だったので、今はあまり言葉が浮かびません。とにかく体を大事に、これからの人生を楽しんでほしいと思います。僕に出来ることは、赤星さんが選手会長として築いてこられたものをしっかり引き継いで、タイガースをより良い、強いチームにしていきたいと思います。ただ、やっぱりもっと一緒にプレーしたかったですし、優勝の瞬間を一緒に喜びたかったというのが正直な気持ちです。残念で仕方ありません」
城島選手「素晴らしい選手ですし、同級生としてもタイガースで一緒にプレーできることを楽しみにしていたので、引退は本当に残念です。でも、赤星が決めた事なので、彼の意思を尊重します。本当にお疲れ様でした」
桧山選手「頑張っている姿は目に焼き付いている。小さな体でガッツあふれるプレーをファンに見せていた。あの精神を皆で見習っていきたい。いいものを残してくれた。みんなで後輩たちに継承していきたい。残された選手で赤星の分までやっていかないといけない。来年は巻き返していかないといけない」
田淵OB会長「赤星の決断を尊重したい。頑張り屋の彼がぎりぎりまで我慢して出した結論だから、いい決断だったと思う。とにかくご苦労さま」
槙原寛己氏(大府の先輩、巨人OB)「大府では僕達(81年)以来センバツに出た時のメンバー。とにかく今は体をしっかり休めてケアしてもらいたい」
大府・馬場茂元監督「自慢の教え子の一人。負けず嫌いでしたし、何より人間性が素晴らしかった。時間のある時には、ぜひ母校で後輩のために話をしてあげてほしい」
亜大・内田前監督(現拓大監督)「あの体で頑張ってきたから無理もあったのかな、と思います。とにかく手を抜くことを知らない選手でした。今後は指導者としても十分期待できると思う」
JR東日本・中野真一元監督(現関内駅駅長)「5日ぐらい前に電話で報告を受けました。このような辞め方をする選手はそういないと思います。彼のそんな生き様、思いを後進の指導に生かしてほしいですね」

≪同様のけが経験した阪神・平野は赤星に理解≫
1、2番を組むことが多く、赤星と同じく小さな体で全力プレーを続ける平野。赤星の引退に「野球人、先輩として尊敬する人。これからも赤星さんに対する思いは変わらない。グラウンドで一緒にプレーしていると思って、何とか優勝したい」と誓った。
平野はオリックス時代の06年、ファウルフライを追ってフェンスに激突し、しばらくは車いすでの生活を送った経験がある。「僕も生死をさまよう怪我をした。恵一(平野)も分かってくれると思うと言われた」と寂しそうに話した。

≪虎総帥、引退赤星へ「将来は虎の指導者を」≫
坂井オーナーは9日、大阪市内の電鉄本社で引退を発表した赤星に対して再びタテジマのユニホームに袖を通すことを熱望した。「将来は絶対に阪神戻って指導者をしてほしい」。
プロ9年間で2度のリーグ優勝に導いた功績には「貢献どころか、その象徴みたいなもの。タイガースの野球を定着させてくれた大功労者」と絶賛。さらに引退への経緯は「球団としても苦渋の決断。様子を見るにしても将来のことを考えたら、野球界における彼の役割もある」と説明した。

≪「残念」星野SD忘れんよ…あのV打≫
あのガッツをもう一度見たかった…大熱狂の甲子園で、小柄なヒーローの体を強く抱きしめた。今も残る、あの感触。星野SDが9日、現役引退を表明した赤星の闘志を称え、惜別のメッセージを贈った。
「元気でハツラツなあいつのプレーがもう見られないのは、残念やね、2003年の優勝が決まった最後のゲームでのサヨナラヒットは、今でも鮮烈に覚えているよ」
9月15日、デーゲームの広島戦。九回一死満塁のチャンスで打席に向かう赤星を呼び止めた。「思い切りいけ!」。優しく肩をもみ、笑顔で送り出した。その期待に応え、バットを短く握った赤星は初球打ち。右翼の頭を越えるサヨナラ打で、優勝マジックを1とした。ナイターでマジック対象のヤクルトが敗れ、18年ぶりのリーグ優勝。夜の甲子園で、宙に舞った。星野仙一の野球史、優勝を語る上で欠かせない立役者だった。
「足の速い選手だったのは勿論だけど、ガッツに溢れた選手だった。男は体の大小で決まるのではなく、肝っ玉の大小で決まるんだよ」
03年は長打力のある1番・今岡に続く2番に置いた。次の塁を狙う姿勢と、アグレッシブで範囲の広い守備。その熱い目を見れば、身長など問題ではなかった。信じた起用に応えた男。強く結ばれた信頼関係は今も変わっていない。
「悔しいだろうけど、でもバットとグラブ、後あいつの場合はスパイクを置いても、やることはたくさんあるから、まだまだ頑張れ!」
人生は、ユニホームを脱いでからのほうが長い。まだ33歳。車いすを寄贈し続けてきたチャリティー精神と、アマチュア野球チームを運営してきた野球への熱い思い。青少年のあこがれを集めた“背中”を生かし、出来ることはある。スパイクを脱いでも、走り続けろ…かつての教え子への、最後の贈る言葉だ。
「お疲れさんという言葉は、使わない」
湿っぽい言葉はいらない。タテジマに袖を通した同志として、一緒に野球界へ恩返ししよう。

≪ノムさん、赤星引退にショック「まだ早い」≫
2000年当時、阪神の監督だった野村克也氏。師匠は愛弟子の突然の引退発表に衝撃を隠せなかった。
野村氏は都内でイベントに出演した後、「まだ早い。俺がいい医者を紹介してやる。“野村さんに言われたから復帰します”って、引退なんていくらでも撤回できるやろ」と声を張り上げた。
2人の出会いは2000年春の阪神キャンプ。JR東日本の赤星がシドニー五輪代表候補として派遣された時、足の速さに驚いた。スカウトは「足だけ」と低評価だったが、その年のドラフトで「同点の九回に代走で使うから」と獲得。「出塁率を上げろ。三遊間に転がせ。内角球に逃げるな」と言い聞かせた。赤星は1年目に新人王、盗塁王、ゴールデングラブ賞を獲得するなど、適材適所の野村野球の申し子でもあった。
それだけに師匠も無念さでいっぱい。「“お前は俺に足を向けて寝られないぞ”といつも話してきたけど、あいつが“自分があるのは野村さんのおかげ”と言ってくれて指導者冥利に尽きるよ。禍を転じて福となすという言葉もある。人を生かす、人を生む、そうした仕事に励んでほしい」と第2の人生にエールを送った。

≪ノムさん「赤星は礼儀知らず」とボヤく≫
野村前楽天監督は12日、TBS系情報番組「知っとこ!」にゲスト出演し、赤星外野手の電撃引退について語った。司会のオセロ中島から、ボヤきたいことはと振られると、「スカウトのリストにもない足だけの選手だった。おれが取れって言ったから、野球をやれて何億も稼いだっていうのに。まずおれに連絡を寄こすべき。礼儀知らずだ」と、ノムさんらしく毒舌交じりで、赤星の早すぎる引退を惜しんでいた。

≪浅井、赤星の後継者目指す「頑張る」≫
「(9月12日の試合で)ダイブした後に赤星さんから『後は頼むぞ』と言われたことが印象に残っている」浅井が10日、言葉を選びながら赤星の後継者を目指すことを誓った。
「1番・中堅?そうですね。(赤星と)同じようにはできない。足も叶わないし、違う形になると思うけど、自分のいいところをアピールしたいですね」。赤星が戦線離脱後の9月16日の巨人戦(東京D)から「1番・中堅」に座った9試合全てで安打を放つなど、1番の後継者としてアピールしてみせた。「何とか頑張ります」。偉大な先輩への恩返しは後継者本命になるしかない。

≪林、赤星の“後釜”意欲「チャンス」≫
林が10日、赤星の“後釜”に意欲を見せた。前日9日の引退発表に「すごくびっくりしています。今でも信じられないし、すごく残念」と肩を落としたが、来季へ向けて「僕にとっても、他の外野手にとってもチャンスだと思う。赤星さんの穴を少しでも埋められるように頑張りたい」。右翼定着を果たせていない左の大砲が、決意を新たにした。

≪オリ・岡田監督、赤星引退にしみじみ…≫
昨季まで阪神の監督を務めたオリックスの岡田監督は、赤星の故障との闘いをしみじみと振り返った。
「盗塁の数だけ車いすを贈っていたやろ。無理したら自分が車いすに乗ることになると、医者に言われたことがあるらしいよ」。一昨年は「グラウンドに立ったらどうなるか分からないから、両親に一筆書いてもらった」ほどの状態だったという。2005年にリーグ優勝を飾ったのも「赤星が走者に出たから」と1番打者の功労を称え、突然の引退表明に話が尽きなかった。

≪オリ・浜中、赤星から“バトン”託された!≫
オリックスの浜中が10日、阪神時代の同僚、藤本(阪神からヤクルトへFA移籍)とともに、ファン210人を集めたパーティーに参加。引退した赤星から“バトン”を託されたことを明かした。「昨日一緒に食事へ行きました。やりたくても出来ない悔しさがあると思うし、その分『お前たちが頑張ってくれ』と」。多少の怪我でもプレーを続けた赤星の姿勢を受け継いでいく。

≪赤星選手が電撃引退、「希望の星だった」≫
「自分自身赤星さんと同期入団で9年間一緒にやって1年目から活躍してる姿を見れば負けてられん!と発奮させてくれました」と自身のブログで語るのは、ヤクルトに移籍した藤本敦士選手。
最初に引退の話を赤星選手から聞いたときは「冗談はやめて下さい」と答えたというが、その決断は相当の覚悟だったと思うと述べ「今でも実感がないですけど赤星憲広さんが決断したなら受けとめます。本当に寂しくなるけど、お疲れ様でしたと言いたいです」と記している。

⇒阪神の関係者、元阪神の関係者の方々には、非常にショックなニュースだったでしょうね…私もまだ覚えていますよ、03年のあの決勝打。暗黒時代を抜け出せたのは、赤星選手の力が非常に大きかったです。



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by kuru2chanbei | 2009-12-09 20:58 | 虎球団

赤星、電撃引退特集

選手名 赤星 憲広(あかほし のりひろ)
生年月日(年齢) 1976年4月10日(33才)
守備位置 外野手
投打 右投左打
身長体重 170cm 66㎏
球歴 大府高~亜細亜大~JR東日本(2000年度ドラフト4位)~阪神(2001~2009年)
初出場 2001.3.30対巨人1回戦(東京ドーム)<9回 代打>
初スタメン 2001.4.1対巨人3回戦(東京ドーム)<1番 中堅手>
初安打 2001.3.31対巨人2回戦(東京ドーム)<7回 三バ安打 投手:柏田>
初本塁打 2001.8.4対広島17回戦(広島)<5回 投手:長谷川>
初打点 2001.4.3対広島1回戦(広島)<2回 投手:鶴田>
初盗塁 2001.4.3対広島1回戦(広島)<1回 二盗>
1000試合出場 2008.8.26対中日18回戦(甲子園)<1番 中堅手>
1000本安打 2007.9.14対中日20回戦(甲子園)<8回 中安打 投手:岡本>
200盗塁 2005.4.21対巨人6回戦(東京ドーム)<6回 二盗>
250盗塁 2005.10.1対ヤクルト21回戦(神宮)<8回 二盗>
300盗塁 2007.7.25対中日12回戦(ナゴヤドーム)<1回 二盗>
350盗塁 2008.10.12対中日24回戦(スカイマーク)<7回 二盗>(球団タイ記録)
全試合出場(3回) 2003年、2004年、2008年
シーズン最多打席(2回) 2005年(689 プロ野球最多記録)、2008年(646)
打率ベストテン(4回) 2003年(8位)、2005年(8位)、2007年(9位)、2008年(8位)
1シーズン セ・パ11球団から盗塁 2005.6.21対中日7回戦(大阪ドーム)5回、二盗で達成
月間最優秀選手賞 2005年4月
月間猛打賞 8回 2005年4月(プロ野球最多記録)
351盗塁 2009.4.4対ヤクルト2回戦(京セラドーム)<3回 二盗>(吉田義男を抜き、球団新記録)
最優秀新人賞 2001年(打率 .292本塁打1)
最多盗塁賞(5回) 2001年(39)、2002年(26)、2003年(61)、2004年(64)、2005年(60)(5年連続受賞と3年連続60盗塁以上はセ・リーグ初の記録)
ベストナイン(2回)2003年、2005年 (外野手)
ゴールデングラブ賞(6回) 2003年(打率.330 安打182 本塁打34 打点119)
オールスター出場(3回) 2003年、2005年、2006年
日本シリーズ出場(2回) 2003年、2005年
五輪出場  2000年(シドニー)
年度別成績
通算9年 1127試合 .295 3本塁打 215打点 381盗塁


• 愛称はレッドスター。星野SDからは「あかぼし」と呼ばれる。いい加減覚えろ。
• 解説者の板東英二も読みを覚えられず、解説前にますだおかだの増田に電話で確認している…らしい。
• 06~09年阪神タイガース選手会長。
• 首に持病を抱えている。そのためルーキーからの5年連続盗塁王は止まってしまった
• 不眠症の為、ナイトゲーム翌日のデーゲームでは完徹状態になるのでスタメンで出ない事もよくある
• 車椅子を寄贈したり、クラブチーム(レッドスターベースボールクラブ)を設立したりと、オフにも社会貢献をしている立派なお方
• 熱狂的な追っかけに髪の毛を切られそうになったことがある
• 某ファンドに対し「村○さんはファンの事を考えていないと思う。お金儲けの事しか考えていないような人に球団を持って欲しくない」と批判した
• 05年ビール掛けでレイザーラモンRS(レッドスター)に変身
• 2008年9月22日、連続無本塁打記録2089打席というプロ野球新記録を達成。ちなみにプロ通算本塁打数3本で、2005年以来本塁打なし。赤星が本塁打を打った試合は全て負けているw
• 2008年、福岡Dの試合後のヒーローインタビュー中、三塁側からのヤジに「入ってねえんだよこの野郎!」とキレた事がある。何が入ってないのかは闇の中。更に同年の横浜戦で、引き分け後(この日赤星は5タコ)観客席の客に対してキレてる様子がテレビカメラに映し出された。
だがしかし何故キレたかは謎、一説によれば試合中ずっとネクストサークルの選手に野次ってたファンにキレたとか
• 打席ではとことん粘り、何球も投げさせて相手バッテリーに脅威を与える。出塁率は毎年かなり高い。
• 粘りも持ち味だが、プレイボール直後の初球をヒットにすることもよくある。
• 出塁しても盗塁という武器があるため、相手バッテリーはとことん警戒する。
• 反面、本塁打などの長打は少なく、センターから左の逆方向へのヒットが多いため、相手チームは通常の守備位置より左に構えた通称「赤星シフト」を組むことが多い。特に2006年はよく見られた。
• 守備では、肩は弱いものの俊足を生かした広い守備範囲が魅力であり、ルーキーイヤー以来、ずっとセンターのレギュラーに君臨している。
• プライベートでは藤本敦士、濱中治らと仲が良い。
• 選手会長という立場ゆえに、年上の下柳がグラブを投げつけた際にも「シモさん、あれはダメです。」と注意することもある。ベテランと若手の橋渡しにもなる貴重な存在。
(参照:とらせん)

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★フィールド駆け抜ける セ界一のスプリンター. 期待と夢乗せて 走れ赤い彗星.
★シャープな打球 グランド突き抜けろ 走れレッドスター  「Let's Go ! 」 赤星 チャンス切り開け「かっとばせー あーかーほしー」



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by kuru2chanbei | 2009-12-09 19:23 | 虎球団

赤星、電撃引退~さよなら、ありがとう~

「レッドスター」の愛称で親しまれた阪神の赤星憲広外野手が9日、現役を引退することを明らかにした。
赤星選手は大府高から亜細亜大、JR東日本を経て01年に阪神入り。1年目から俊足を武器に頭角を現し、ルーキーから5年連続でセ・リーグ盗塁王を獲得した。セ・リーグ記録となっている5年連続の盗塁王に加え、ベストナインを2度、ゴールデングラブ賞を6度獲得。オールスターに3度出場するなど阪神の「斬り込み隊長」として03年、05年のリーグ優勝に大きく貢献した。
しかし、近年では頚椎のヘルニアなどの故障に悩み、今年9月12日の横浜戦でダイビングキャッチを試みた際に首の状態を悪化させたと伝えられていた。今季は91試合のみの出場で打率.263、0本塁打8打点31盗塁だった。プロ通算9年で4964打数1276安打、381盗塁は球団記録となっている。

【赤星選手引退記者会見】
今日はお集まりいただきありがとうございます。社長も同席すると言ってくださったが1人でやらせて下さいとお願いしました。
本当にわたくし事ですが、このたび現役引退をすることを決めました。当初新聞紙上などでは頚椎ヘルニアの悪化と言われていたが、実際は中心性脊髄損傷という診断をされていました。状況が把握できず、認識もできてなかったので、引退は想像もしてなかった。9月12日にケガをしてその症状のひどさは想像を絶するものがあり、今でも腕についてはあまりいい状態ではない。ただ1ヶ月くらいしてだいぶ状態が良くなり、よし、これで復活できるという気持ちが強かったが、全国いろんな病院に行って今後のこととか話を聞いて、今のままで現役を続けることは危険だと言われた。始めは復帰したい、ユニホームを着てグラウンドに立ちたい気持ちが強かったが、いろんな所に行けば行くほど、状況を把握せざるを得ない状況、理解せざるを得ない状態になった。もちろん球団にも現状は報告が行ってたから、最初に「引退した方がいいんじゃないか」と言われた時は、正直「できます」と答えた。僕は最後の最後まで続けたいと。1つ言ったのは「例え1年でも様子を見てくれないか」と。
今でも実感がわかないのが本当の気持ちですが、1つ僕の中で決めた理由の中に、病院に行っていろんな話をする中で「今度やったら不随になる可能性、最悪命の危険もある」と言われた。万が一は、万が一なので、そういう危険なプレーをしなかったら、という気持ちもあった。2007年の時より危険は倍増したのは分かっていたから、そういうプレーを避ければとも思ったが。この世界に飛び込んで、プロの体の大きさや強さを痛感しました。精一杯を出さないと、100%の力と100%のパフォーマンスと100%の気持ちを出さないと勝てない。そういう時に「次にやったら」という恐怖感を持って試合に臨む、100%のプレーができないと考えた時点でプロとして身を引くべきだと考えた。
歩いているし、本当にそんなに悪いのかというふうに見えるかもしれません。私生活を見ててもまだできるんじゃないかと正直思うが、僕の全力プレーを見てファンが喜んでくれて、チームも引っ張ってきたつもりですし、それが出来ないということも決めた一つの理由。実際引退とか辞めようかなとかはシーズンが始まる時に悩んできた選手はたくさんいるが、僕はこの1ヶ月ほどしか考える時間がなかったし、今も実感がわかないのは確か。1ヶ月はむちゃくちゃ長かったし、誰にも相談できない。今までで1番苦しかった。本当に悩んだ1ヶ月だった。


―両親への相談。
それも決め手のひとつだった。両親に話した時に、やはり体のことを第一に考えてくれて、まだ続けると言ったら、止めなきゃと思っていたようなので。9年やって「もういいでしょ」と。そう言ってもらえたんで。それが1つかなと。
―セレモニーも無い引退。
今年までレギュラーで試合に出てて、このケガさえなければ、レギュラーでやっていける自信、若い選手に負けない自信もあるが、その中で正直実感がわかないし、まだまだできるという気持ちがあったので。
―印象に残る場面。
あまり振り返りたくないが、2003年のサヨナラヒットが一番思い出に残っている。2005年日本シリーズで4連敗したことも。あの悔しさがあるから、もう一度日本一になりたい気持ちが強かった。日本一になれず辞めるのは悔しい。
―恩人について。
指導をしてくれた人全てが恩人だと思ってますし、小さい頃からやり続けているそこで出会った人全てが恩人と思ってる。9年は短かったけど、ここまでできると思ってなかったし、ありがたいし、自分が頑張った成果だ、とも思う。なので恩人というより全ての人に感謝したい。
―9年間のこだわり
盗塁に関しては絶対プロで通用すると自信があったし、実際通用して、その中でホームに還ってくる快感は僕の中で野球の中で一番の喜びでした。正直タイガースは僕が入るまではそういうチームではなかったので、そういう意味で意識改革はできたかなと思うし、他球団を見てても、走塁は大きなポイントだと思うので。いい意味で改革ができたんじゃないかと。
―ケガを乗り越えてきた源。
いろんなケガをしましたし、その中でなんとかと思いながら、後はとにかく気持ちで野球をやろうと思ってきた人間なんで、肋骨が折れた時も気持ちでやってきたが、今回のケガは気持ちでカバーできるものではなかった。
―もうユニ姿が見れない。
本当にファンの方にはたくさん応援してもらいパワーをもらい、引っ張ってもらったこともあるので、姿を見せられないのが残念で、さみしいなぁと思う。
―今後について。
野球のために人生を使ってきたし、野球を選ぶことで犠牲にして、捨てたこともある。今回のことに関しても、野球が人生の全てだと思っていたが。よく現場で死ねたら本望って言うが、正直あの時本望だったかと言われたらそうではなかった。恐怖心もあった。これから人生はまだ30年以上あると思うし。僕から野球を取ることはできないし、忘れるというのは無理なんで、なんらかの形で野球の発展とか、力もなりたいと思う。野球とは離れられないものと思ってますから。
―車いす活動も。
そういう社会貢献に興味を持ってる選手も増えているし、今日もこれからやりますが。最後の車いすだと思うと、正直まだもっとできないかなと。まだ100くらいは贈りたいと思っていたので。
―選手へ。
ぎりぎりまで悩んだので今日の引退も伝えきれてない選手もいるが、本当に、伝えた選手には寂しいとか言ってくれ、その時は本当にかなり寂しい気持ちにもなったし、まだできるんじゃないかと思って自分が辞める中で、長くやっている選手には公私ともども世話になったし、若い選手にもまだまだできる選手がいっぱいいるし、そういう選手には本当に頑張って欲しいと思う。2008年の大逆転をやり返したい気持ちもあるし、僕はプレーして晴らすことはできないので、それをみんなに託して、みんなもまさか正直辞めると思ってなかったみたいで、現実を受け止められない選手も多くいた「もう1回話をしようよ」と親身になってみんな聞いてくれた。
―いま改めて実感は。
今の状況でこれを受け止めるっていうのは無理かなと、1月に自主トレとかキャンプをやっているのにしてない時に初めて野球を辞めたと実感がわくんじゃないかと思う。
―ファンの皆さんへ。
本当に9年間でしたけど、本当にたくさんの応援をしていただけたからこそここまで成長できたと思うし、本当にファンの人たちと優勝して気持ちを分かち合った経験もできた。勇気も希望も与えてもらったし、野次に反論したりもしたが、あの大歓声の中で野球がもうできないと考えると、さみしい。本当にお礼が言いたい。感謝しきれない。ありがとうございますと言いたい。僕も阪神タイガースを応援する立場として、みんなに日本一を託すしかできないので、もっともっと阪神タイガースが、阪神ファンが球界を盛り上げていかないと、と思う。本当に、 9年間お世話になりました。


≪赤星、決死のダイブは後悔なし≫
「泣いたら、いろんなことを後悔すると思った。貫き通そうと思った」。記者会見の間、赤星が涙を見せることはなかった。
怪我をしたのは9月12日、雨の甲子園だった。右中間の当たりに頭から飛び付き、赤星のプロ生活が終わった。「夢であのシーンが出てくる。野球人の本能でやった。後悔はしていない」。この言葉に、この日一番の力がこもっていた。

≪赤星、球団記録の走塁でチームを意識改革≫
縦横無尽にグラウンドを駆け回る。だが、試合後は足を引きずり、歩くのもままならない。赤星は故障を背負いながら、阪神を支えた。
「肋骨が3本折れても、気持ちで野球をやってきた」と赤星。行動でチームを引っ張り、金本らと共に若手の見本となった。新加入の選手がいれば食事に誘い、溶け込みやすい雰囲気を作る。選手会長として気配りも忘れなかった。
「入った時から自信があった」と言う盗塁は球団記録の381。スライディング一つを取っても、スピードの落ちない滑り方を理路整然と説明。キャンプ中のチームのベースランニングは赤星を参考とした。「僕が入ったころは、そういう(走塁を考える)チームじゃなかった。改革はできたかなと思う」。ナインの走塁への意識を高めたのは間違いない。
広い甲子園で俊足を生かし、ゴールデングラブを6度受賞。「全力プレーで引っ張ってきたつもり」と言う通り、身長170㎝の小さな体はいつも走攻守で躍動し続けた。

≪引退会見後に…最後の車いす贈呈式≫
赤星は9日の引退会見後、長年守り続けた甲子園球場のセンター芝生上で最後の「車いす贈呈式」を行った。03年以来、毎年自身の盗塁数に合わせ、全国の施設などに車いすを寄付してきたが、今季は31台を寄付。「無理を言って、この場所でやらせていただいた。これが最後と思うとさみしいですね」。通算300台を超えたが「まだ100でも200でも贈りたかった」と話し、今後も社会貢献活動を続けたい考えを打ち明けていた。

≪「甲子園歴史館」赤星コーナー設置検討へ≫
赤星の引退を受けて、2010年3月にオープンする予定の「甲子園歴史館」に、赤星コーナーを設置することが検討される。沼沢球団本部長が10日、「いろいろなコーナーがあるし、これから考えていきたい」と前向きにコメントした。球団設立以降の貴重な資料や、名選手のグッズが並べられる予定の史料館で、レッドの足跡も感じられるようになりそうだ。


≪赤星の背番号「53」来季は欠番≫
赤星が付けていた背番号について、沼沢球団本部長は「来年については誰も付ける予定はありません」と話した。背番号53。新人王獲得の際にはひとケタへの変更を打診されたこともあったが、本人がこだわり9年間背負い続けた。ファンの間でも馴染みの深い番号は当面、空き番になることになった。

≪赤星引退、一夜明けファンから電話殺到≫
赤星の引退が発表されてから一夜明け、西宮市内の球団事務所に、ファンからの電話が鳴り響いた。「朝から何件かのお電話を頂いています。『残念です』、『お疲れさまでした』という言葉を聞いています」と球団広報が話した。また赤星の公式サイトには、ファンから2000件を超える書き込みがあり、引退を惜しむとともに、9年間のプロ生活を労うコメントが寄せられた。
また、赤星選手のオフィシャルブログでも引退が発表されている。ファンからのコメント数は10日には1800を超え、「弱かった頃の阪神から見てきた私としては赤星選手はまさに希望の星でした」「2003年以降、阪神の黄金時代を引っ張ってきたのは、誰が何と言おうとあなたです」「盗塁、走塁があんなに魅力的なものであると教えてくれた」といった声が寄せられている。
入団会見では「新庄さんの穴は僕が埋めます」と語っていた赤星選手。9年間の活躍は、それ以上のものだったといえそうだ

⇒ありがとう、赤星。お疲れ様、赤星。
数少ない甲子園での観戦で、あなたのプレーが見れて幸せでした。マウンドを駆け抜ける姿も、打てずに悔しがる姿も、観客と喧嘩する姿も、選手会長としての姿も、毒舌吐く姿ももう見えないんですね…寂しくて、急過ぎて涙が止まりません…でも、これからどんな活躍をしようと、赤星を応援し続けるでしょう。
ただひたむきに、阪神の為に、ファンのために、満身創痍な状態にもかかわらず走り続けてくれた、赤星選手…本当に、ありがとう!体を、本当に体を大切にして下さいm(__)m




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by kuru2chanbei | 2009-12-09 17:47 | 虎球団

オフ虎ニュース 12/9

≪矢野、1億4000万円減でサイン≫
矢野捕手は9日、兵庫県西宮市内の球団事務所で契約更改交渉に臨み、野球協約で定められた減額制限(40%)を大幅に超える1億4000万円減の年俸7000万円でサインした。これは球団ワーストの減額。
自分の体がつぶれても構わない。矢野は昨年手術した右ひじを犠牲にする覚悟で来季に臨む姿勢を明かした。
テレビカメラが止まり、新聞用の取材が始まると矢野は自身の契約額を隠そうとはしなかった。
「想像以上だったのでびっくりした。(納得するまでに)時間がかかったし、すぐに“はい、わかりました”というわけにはいかなかった」。それでも最終的に提示額を差し戻すことはなく「自分もプライドがあったし、それが今の自分に対する評価」と受け入れた。
矢野は昨オフに右肘を手術し、今季1軍に合流したのは7月に入ってからで、10月には右踝を骨折。出場は30試合にとどまった。先発では下柳、安藤限定。リリーフ捕手として終盤にマスクをかぶることはあったが、手術の影響は計り知れず大きかった。それでも代打で3割以上の率を残し、通算でも・307と打撃では最低限の仕事を果たした。
「下交渉もさせてもらったし、今年1年間、仕事ができなかった。何も言える立場にない」と潔く話した。
城島健司捕手が加入する来季へ向けては「誰がどう見ても出場機会は限りなく多くないと思う。少ないチャンスを生かしたいし、試合に出なくてもやれることはある」と前向きに語った。また、城島の加入によって生じる投手への弊害は、自身への余計な気遣いだと危惧する。「気を使わせることがあれば投手に申し訳ないし、そういうことがないような環境を作りたい」ときっぱり。
シーズン終盤に骨折した右足は「キャンプまでには何とかなると思う」「(右)肘は治ることはない」という。「注射で(痛みを)抑えながらになると思う。不安はあるけど、ここまできたら、何があってもいいと思っているので怖さはない」。矢野は玉砕覚悟でチームに身を捧げる。
沼沢正二球団本部長は「(大幅減俸は)城島君の加入があってということではない。来季は右の代打としての位置付けも考えられる」と話した。(金額は推定)

ちなみに、野球協約では選手年俸の減額制限が定められている。1億円を超える選手は40%、1億円以下の場合は25%まで。ただし選手の同意があればこの限りではないとされている。
過去の大幅減俸は、戦力外通告され他球団へ移籍したケースでは96年山本和範外野手(ダイエー→近鉄)の1億6000万円減(2億円→4000万円)がある。自由契約選手を除くと06年、横浜鈴木尚典外野手の2億2000万円から1億3000万円減俸の9000万円がある。また巨人谷佳知外野手も06年にオリックスから巨人へトレード移籍した際、2億8000万円から1億3000万円減の1億5000万円でサインしている。(金額は推定)

⇒矢野様…(;-;)


≪阪神が元楽天の西谷と育成契約≫
阪神は9日、元楽天の西谷尚徳内野手と育成選手として契約交渉を行い、合意に達したと発表した。西谷は2005年に明大から楽天1期生として入団。通算16試合で打率.240の成績だった。

⇒ようこそ、阪神へ!



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by kuru2chanbei | 2009-12-09 12:28 | 虎球団

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